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瓦版「アンティーク山本商店」No.1 【2011年秋号】 表面 発行:泣Aンティーク山本商店 作画:広瀬孝二 
<第壱話 家具の起源>日本における収納するための家具の期限を辿ると果ては中国大陸に行き当たります。中国より朝鮮半島(今の北朝鮮から韓国)を通って、まずは佐渡島に入ってきました。佐渡から本土である新潟に渡り全国に広がったと言われています、江戸中期から後期の佐渡箪笥はその形や作りが古い李朝の箪笥と瓜二つだったのは、その流れを物語っています。大陸より箪笥がわたってくるまで日本で主に使われていた収納するための道具は、行李(蓋付きのつづら状のもの)です。それまで衣類や布団、食器などを移動できる家具に収納する文化は日本にはなかったので、この行李の出現は当時の人々にとって画期的な存在だったことは間違いありません。その後、長持、車箪笥、箪笥へと繋がっていきます。「江戸時代、車箪笥は災害時などに移動が出来る家具として造られました。車輪が付いているんです!」スゴイ!
<古時計記 第壱話八角時計>掛け時計は明治初期の頃、アメリカ、イギリス、ドイツ、その他諸国の輸入から始まり日本でも生産を開始し様々な時計が一般家庭に入り込んだ。その中でも八角時計は古い時計のイメージとして代表的な形である。なぜなのか?それにはアメリカの商売戦略があり、当時、アメリカ本土で八角時計は流行おくれの時計であり、別国でも売れ行きが悪かった。しかし、日本では文明開化のさなか西洋の舶来品に対する関心が高く重宝する傾向が強かった。そして政府が大量の八角時計を輸入し、その結果八角時計が日本の家庭に入り込み現在でも日本人のイメージとして残っているのです。〜八角時計のアレコレ〜文字盤のある八角頭と下の振子室の形は時代によって相違あります。八角合長型は八角の頭と尾の長さがほぼ同じくらいの大きさ、明治期に多い形です。八角尾長型は頭よりも尾の方が長い明治後期から大正にかけて作られた形です。

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